Fusion360の押し出しコマンド

3D CADとしてFusion360も使っています。

コマンドの1つに押し出しがありますが、実は設定が色々できるコマンドです。

モデル作成には、よく使うコマンドですが意外に設定を使いこなせていません。

一番初めに覚えるパターン

一方向に真っ直ぐ押し出す。これは基本の”キ”。

Fusion360_押し出し

角度をもたせて押し出すこともできるんです

Fusion360_押し出し
Fusion360_押し出し

上図のように、勾配を持たせながら押し出すこともできるんです。

外側に広がるように押し出すのは”+”の角度で、内側にすぼむ様に押し出すのは”ー”の角度で設定します。

プロファイル平面の両側にも押し出し

方向を”2つの側面”の設定にすれば、プロファイル平面の両側にもそれぞれ設定を変えて押し出すこともできます。

Fusion360_押し出し

もちろん、押し出す距離やテーパー角度も設定できます。

プロファイル平面の両側に対称で押し出しも

対称形状となるので、距離やテーパー角度の設定は共通となります。

Fusion360_押し出し

対称方向に”ー”のテーパー角度を持って押し出すと下図のようになります。

Fusion360_押し出し

プロファイル平面を変えればこんなことも。

既にあるボディ側面をえぐるようなこともできます。

押し出しの中の”切り取り”操作を選びます。

Fusion36-_切り取り

おまけ

正方形のスケッチから押し出しコマンドだけで、こんな形もできます。

Fusion360_押し出し

押し出しコマンドの設定を駆使しなくても、モデリングできる形状もありますが、基本の応用編を知っておくことはシンプルなモデル作成には重要です。

インドにおけるカースト制度とは

南アフリカのアパルトヘイト、インドのカーストなど人種や身分差別について、日本ではあまり馴染みがないのでピンとこないかもしれません。

日本でも部落差別という言葉を教科書で習ったくらいで、実は本当のことを知りません。

センシティブな話題ですが、インドを語る上で避けづらいことですので、少しだけでも触れておきたいと思います。

時々、インドのカーストは法律上禁止されているのではという方がおられますが、憲法でカースト制度が禁止されているわけではないようです。

禁止されているのはカーストによる差別で、カーストそのものは禁止されていないのです。

逆カーストという弊害

在印時、役所に出す書類が有って記入するように言われたのですが、そこにカーストを記入する欄があったのです。

私は書かなくていいと言われましたが、ちょっとした衝撃でした。

その書類がカーストを書く意味があるものだったのかどうかわかりませんでしたが、カーストによる不公平感を減らす目的で、カーストを書かせて身分が低い人達を優先的に扱うためにそういった欄があるというインド知人の説明でした。

低カーストの人は総じて教育の機会にも恵まれず就職もできずにいるため、教育レベルに多少難があっても低いカーストから一定数の公務員採用枠があてがわれる制度もあるそうです。

そうなると、普通に公務員になりたい人は、狭き門となり、その制度がなければ採用されたかもしれない人から逆差別という不満が出てきます。

首都デリーでも逆差別に抗議するデモが有りました。

カーストってわかるの?

カーストの歴史や内容はネットで調べればたくさん出てきますから、そういうことはそちらにお任せするとして、現地に住んでいてカーストを直接的に感じることは多くはありませんでした。

ただ差別ということは多く有ったと思います。

というか、それがカーストから来るものなのか、貧富の差から来るものなのか、同じものなのかがわからないのです。

単なる役割分担なのか、身分制度から来ているのかは、わかりませんでした。

何千という身分(仕事の種類)があっても個々がどういうものなのか全くわかりません。

インド人の知人に聞いても、よくわかりませんでした。

彼らが、言いたくないからなのか、本当に知らないからなのかすらわかりません。

名前(名字?)でカーストがわかるようなことを言っていた人もいました。

職業でわかるケースもあります。

こんなこともありました。

工場内のトイレに行こうとした時、そのトイレには行かないで階上にあるトイレを使ってくれと。

現場のそのトイレは、カーストが絡んでいるということをあとで教えられました。

今でも、異なるカースト間での男女交際や結婚は厳しく禁止されていて、守らないと言う理由で名誉殺人が行われたという新聞記事を何度も目にしました。

日系の会社で低いカーストでも優秀な人材を教育しリーダーにしたが、部下がそのリーダーより高いカーストだと言うことを聞かないなどうまく行かなかったという話を聞いたことがあります。

総じて考えると、やはりカーストを隠すことは難しいのだと思います。

インドの人達はどう思っているのか

このことは、聞く人によっても違う回答になると思いますし、どこまで正直に話してくれるかわかりませんから、こうだと言うことはできません。

ただ、若い人でしっかりと教育を受けた人の中には、いい制度だと思っていない人もいることは確かなようです。

本人の能力とは全く関係のない事で、その能力が活かされないというのはインド社会にとって大きな損失だと思わずにいられません。

これまでのインドには、必要だったのかもしれないけれど、これからのインドには必要ないものだと考える人が増えて、インド社会が変わっていく姿を目にしたいと思います。

ダイバーシティってどういうこと?

Diversityとか多様性という言葉を、よく耳にするようになってきました。

でも、それって具体的にはどういうことなのでしょうか。

「国籍、性別、年齢、宗教、言語、文化、人種、民族など、人を何かの尺度によって分類する時、分類された中の集団だけで考えるのではなく、その枠を超えた集団で考えること」というのが、現時点での私の解釈です。

多くの人は、本能的に異質や変化を嫌い、同質や不変を好みます。

特に日本は地理的背景や歴史的背景から同質性を好む土壌が強かったと思います。

それが強みになっていた時代も確かに有ったと思いますが、今はそんな事を言っていたら取り残される時代です。

上述の尺度は単なるものさしであって、それによる優劣があるわけでは無いのに、優劣を持ち込む人が、少なからずいるという残念な現実もあります。

私にとって、尺度というのはその人の持つ個性とかバックグラウンドのようなものだと思っています。

それは良いことでもなく悪いことでもない、単なる事実で1側面しか表していないもの。

気にしているうちは、ダイバーシティという言葉も無くならないでしょう。

当たり前になれば、ダイバーシティということを誰も気にしなくなります。

だから私の事業に関する概念の中には、はじめからダイバーシティというものはありません。

先日、知人の経営者と話をする中で事業承継の話題になりました。

彼には、こう言いました。

あなたの後継者は、若い女性かもしれないし外国人かもしれないよ。

その時が来た時に、まだそんな指標で判断する時代だっていう保証なんてどこにもないよと。

自分がどちらかと言えば、異質で不変を嫌うような人間だから、ひねくれた考え方といわれるかもしれません。

他にも、今は常識と言われることとは違うことを事業展開の中で考えていますが、それらについては機会があればブログ内で書いていきたいと思います。

自動翻訳ソフトDeepl

私達には、インドにビジネスパートナーがいます。

もう1年近く直接会ってはいませんが、当然日本語での会話では有りません。

ZOOMだったりメールでコミュニケーションを取っていますが、英語でのやり取りです。

顔を見て会話する時は、表情など非言語で情報を補うこともできますがメールではそれができません。

日本語でもメール(文字)だけで、真意を伝えることが難しいですから、言葉が違う英語ならなおさらです。

以前なら相手のメールの一言一句を訳している感じに近かったのですが、長文になってくると疲れてしまってそうもいきません。

展示会などで有料の自動翻訳サービスなども見かけますが、費用対効果がまだ明確に見えてこないので、無料のサービスを使っています。

はじめはマイクロソフトやグーグルの翻訳サービスを使っていましたが、最近はもっぱらDeeplという自動翻訳を使っています。

同じインドからのメールをそれぞれに自動翻訳をさせてみて、一番しっくり来るものがDeeplだったんです。

もちろん、内容によっては他の翻訳サービスの方が、しっくり来るものもありますが、総合的にDeeplが、良かったという感じです。

ただ、まだ丸投げというまでには至っていないと思います。

なので和訳の時は、一旦自動翻訳して、大筋をつかんでから自分で原文を追っていき理解するような使い方です。

英訳の時は、まず自分で英文を作成していって言い回しに困った時に使っています。

そして英文を作り終えたら、それを和訳させてみて気になる言い回しになっていたら微修正をかけるといったやり方です。

それでも数年前と比べたら、翻訳の正確さには眼を見張るものがあります。

4~5年前なら、実用性には乏しかったんですが、今はうまく使えば十分通用するレベルになっていると思います。

イヤホンで同時通訳ができてしまう時が、数年以内に来たとしても不思議では有りません。

ちなみにインド英語には独特の表現もありますが、そこまでは有償のサービスでも対応できていませんでした。

動機善なりや、私心なかりしか

私が、初めてこの言葉と出会ったのは30代の頃だったと思います。

確か何かの本に、JAL再建に尽力された稲盛会長が第二電電を設立する際に自問自答した言葉だと書いてありました。

私には、まだこれが座右の銘ですと言えるものがありませんが、この言葉が一番近いかもしれません。

まだまだ未熟ですから、いつも私心に引っ張られてしまいます。

でも最近は、あーっ、私心で考えているなぁと気づくようになってきた方なので、以前よりは良くなっているのかもしれません。

サラリーマンを辞めて、50代後半で事業を興すことに対して、動機が善なのかどうか自問する時間がかなりありました。

残りの人生をかけ、他の人を巻き込むことになるのですから、何をやりたいのか、何故やりたいのか、そしてどうなりたいのかなど色々と書き出して何度も読み返したりしていました。

今でも時々、見直しています。

何か判断をする時は、この言葉を思い出すようにして自分を戒めています。

“剛性”と”強度”は違う_その2

以前、曲げという現象における剛性というものが何かということを書きました。

その2では、曲げにおける強度について書きたいと思います。

そもそも強度とは?

剛性は、材料(ヤング率)と形状に依存します。

では強度はどうでしょうか。

強度は、材料そのものが持っている特性になります。

でも強いとか弱いとかというのはどういうことでしょうか。

ケンカならは、誰かと誰かがケンカして相手が降参したらどっちが強いかわかりますよね。

材料なら同じ形状で同じ力が加わった時、先に壊れたほうが弱い材料ってなるように思いますが、ちょっと違うんです。

「壊れる」の定義が難しいんです。

「お茶碗が壊れた」って言うのは、茶碗が割れた(破断した)時だと思います。

では、「バネが壊れた」のは、どんな時でしょうか。

バネが伸びて、元の長さに戻った時は、壊れたとは言いません。

バネをうんと伸ばして元の長さに戻らなかったら、多くの人がバネが壊れたと言います。

でもバネが切れた(破断した)わけではないんです。

壊れたという時の状態が違うんですね。

軟鋼の応力-ひずみ線図

下図は、材料力学などでよく見る引張りにおける軟鋼の応力-ひずみ線図です。

応力-ひずみ線図

極めてよく用いられる図なので、詳細な説明はここではしませんが、E点の縦軸の数値が引張強度と言われます。

でもこの強度は、材料は変形して元の形に戻れない状態です。

バネなら伸び切っているような状態です。

この強度が大きいことに意味があるのでしょうか。

設計の時は、その部品が塑性変形しない前提で考えています。

その前提に立てば、上図Bの弾性限度内で強度を考える必要があります。

この応力-ひずみ線図は、金属の種類によって形が違いますし、金属以外、例えばプラスチックでも全く形がちがいます。

ですから設計時に強度を検討する時は、材料が何で、どういった特性をもっているのかを知って置く必要があります。

カタログの数値は、A点なのかB点なのか、それともE点、はたまたF点なのかを見て、自分の欲しい情報かどうかを判断しないといけません。

一口に強度と言っても何を指しているのか、考える必要があるはずです。

やみくもに公式に数字を入れれば良いわけではないのです。

曲げと引張の関係

なぜ曲げの話の途中に引張りの話が入ってきたかと言うと、

曲げ応力

梁に曲げの力が加わると、梁の外側は引張られ内側は圧縮されるため、引張・圧縮の特性が関係してくるから理解の一助になると思ったからです。

曲げにおける強度とは

片持ち梁で、梁の先端に集中荷重がかかっているという”その1”の場合、

最大曲げ応力=最大曲げモーメント÷断面係数

で算出されます。

材料の基準強度>最大曲げ応力・・・使用可能

材料の基準強度<最大曲げ応力・・・使用不可

この最大曲げ応力が、安全率を含む基準強度以下であれば、曲げに関して設計上使用できるということになる訳ですが、基準応力にどの数値を取るかは前述の通り注意を払う必要があります。

おさらい

「曲げ」に関して言うと

剛性を上げたいときは、その部品の断面二次モーメントが大きくなるような形状にするか材料のヤング率を変えてやる必要があります。

ヤング率は、上記応力-ひずみ線図で言えば、原点からA点を結ぶ直線の傾きのことです。

強度を上げたい時は、試算した最大曲げ応力より大きい基準強度を持つ材料を選ぶか、断面係数が大きくなるような形状にしてやることです。

基準強度は、上記応力-ひずみ線図で例えるなら、縦軸(応力)の数字ことで、例えばA点の応力なのか、E点の応力なのかということです。

引張りや圧縮、ねじれに関しても同じような考え方をすればいいと思います。

剛性や強度に関しては、どちらも材料の物性値と部品形状という2つの要因で改善ができるのですが、中身が同じではないということです。

材料力学がとりわけ苦手だからからかもしれませんが、このことを、わかりやすく説明している本や資料に残念ながら出会ったことが有りません。

もっと、良い説明をしてくれるサイトなり資料が有ればうれしい限りです。

テレワークで正体を垣間見せた時給というまやかし

コロナがもたらしたテレワークの功罪

コロナによって、図らずも色々なことが従来とは異なる対応を求められることとなった。

テレワークもそのうちの1つ。

インドではWFH(Work From Home)と言うようです。

PtoCの仕事は、開業時からテレワークというやり方が主でした。

創業時のスタイルがオフショア設計だったから、必然とそうならざるを得なかったのです。

だから、そのスタイルで事業をするにはどんな環境を準備して、何に気をつける必要があるのかを、身の丈にあった方法をずっと考えながら、今もやっています。

世の中で、テレワークが始まると、特に管理職から、部下が何をやっているのか見えない、web会議でも微妙な雰囲気がつかめず浮いてしまう、しまいには管理職不要論まで出る始末です。

なぜ、こんなことになってしまうのでしょうか。

過去の延長で仕事をしていると、そもそもなぜそんな仕組みや考え方になったのかを考えなくなります。

つまり惰性で仕事が進んでいくことになります。

コロナは、惰性だったものに「そもそも論」を突きつけたのです。

そもそも「時給」って何?

サラリーマン時代に、よく自分の時間単価を意識するように言われました。

例えば年収がが400万円の人の時間単価は、180時間/月の労働時間なら、4,000,000÷12÷180≒1,850円/時 でしょうか。

給料を貰う側から見ればそうかも知れません。

諸説ありますが、会社負担の社会保険料や会社の維持に必要な費用の按分などを考慮すると年収の倍が、その人1人の雇用を維持するための費用と言われています。

つまり180時間/月の労働時間で年収400万円なら、4,000,000×2÷12÷180≒3,700円/時 ということになります。

給料を払う側から見れば、これがその人の時給単価です。

でもこの180時間は、拘束されている見かけの仕事時間で、本当に仕事をしている時間では有りません。雑談したり、トイレに行ったり、他のことを考えているかもしれません。

正味の仕事をしているのが仮に7割程度だとすれば、3,700÷0.7≒5,300円/時が時間当たりの原価です。

更に会社であれば利益確保も必要となります。

時間換算で、お客様に売る側から見れば、6,000円/時とか7,000円/時とかいう数字になるわけです。

買う側から見れば、雑談の時間にお金を払おうという人はいませんから、なるほど妥当だねとなるはずですが、現実にはそうはいきません。

買う側は正味時間で考え、見かけ時間単価で払おうとするからです。

でもこれって、納得感薄いですよね。

仕事(アウトプット)に対する正当な対価

非常に難しい問題です。

でも需給バランスで価格が決まるというルールに基づけば、簡単です。

売る人と買いたい人が、話し合って合意できる金額が正当な対価のはずです。

日本では、もう日常生活で価格交渉をする場面は殆どありません。

でも私が駐在していた頃のインドでは、露天で物を買ったり、タクシーに乗るときなどいつも値段交渉でした。

納得感が有れば買うし、なければ他を当たるのが当たり前でした。

外国人ということも有ったと思いますが、結構ストレス有りました。

この煩わしさから開放されるために、価格の標準化が進み相場観が生まれてきます。

目に見える見かけの仕事時間(拘束時間)でそれまでの経験から、必要となりそうな時間を見積もって計算するようになるんです。

前述のテレワークの件では、この「目に見える」という根拠のない安心感が「見えない」という不安感に変わったために引き起こされたんだと思います。

PtoCは、正味時間をできるだけ正確に見積もって、それに基づいた時間単価でお客様の合意を得たいと考えています。

時間単価が安いが時間がかかる人と、時間単価は高いが短い時間で済む人で総額が同じなら、どちらを選ぶでしょうか。

総じて能力の高い人のほうが質も高いし、短時間で済めばお客様も時間の節約ができるので、金額以上のメリットがあると思います。

買う側も売る側も妥当性を正しく見極める力がないと、前に進まない話なのが悩みの種です。

PtoCが描くビジョン「300年事業」

このタイトルのことは、書こうか書かまいか、悩みました。

まだ創業から2年半足らずで何も成していないのに、何を言えるのかと。

いつかは書くことになると思っていても、それが今なのか。

将来、心変わりすることがあるかもしれないけれど、今の想いを残しておくために書くことにしました。

正直テーマが大きすぎて、どこから手を付けていけばいいのかわかっていません。

身近な人達に話した時も、うまく伝えられていないのを実感しています。

300年事業って?

今の時代、創業100年クラスの企業でもバンバン倒産している。

徳川時代ですら300年続かなかった。

だから300年続く事業を興せれば、その先も続くんじゃないかという単純な発想です。

まだうまく言えないんですが、300年企業ではないんです。

300年事業というのも、厳密に言うとちょっと違うんですが、ピタッとくる言葉がまだ見つかっていません。

自分の想いが形になったもの(有形・無形含む)を、まず300年つなぎたいと言ったほうが近いかもしれません。

ビジョン・コンセプトが300年持ちこたえるということは、そのビジョン・コンセプトが間違っていなかった証になる。

300年という時間が、証明に必要な時間なような気がしています。

300年という時間が教えてくれること

300年が1つの通過点だとすると、時間軸での考え方が全く変わってきます。

私が属する個人事業主というカテゴリーは、このまま個人で自分の能力を活かしながらやっていく人、周りを巻き込みながら拡大して法人などの形態を取る人に分かれていくと思います。

個人事業主なら、一代限り。

法人なら世代をまたいで続いていく可能性があります。

300年という時間軸なら、当然次の世代へ引き継いでいくことを考えないといけません。

恐らく私の年齢から見て、最大30年が、残された時間です。

300年の最初の30年で、300年後を見据えてやっておくべきことは、何なのかを考え今を過ごすことになります。

そう考えると、サラリーマン時代には考えもしなかったことに想いを馳せる必要が出てきました。

それらのことを1つ1つ考えては修正しながら前に進むことになります。

お客さんに喜んでもらえるメカ設計ができればいいだけでは済まなくなります。

それは経営者と言われる人々が、常日頃から考えていることなのかもしれません。

私の場合、300年後に立ってそこから物事を考えることになるんです。

私の代では終わらなかったことも、準備をしておかねばならないことも出てきます。

今、想い描いているいくつかの基本的な考え方については、別の機会に述べたいと思います。

図面における溶接表現の立ち位置

仕事柄、溶接を図面上で取り扱うことがあります。

JISでは溶接記号も定義されているんですが、図面で見るケースは半々といった感じです。

溶接の仕様が織り込まれた図面も有れば、「本部品は、溶接構造とする」みたいな文言だけで溶接の「よ」の字も無い図面も有りました。

溶接記号もJISとISOでは一部違っています。

私自身、以下のISOの溶接記号を見たことは有りません。JISにも載っていないようです。

溶接記号
ISO JIS

いずれにせよ本来、溶接情報はきちんと設計の意図を反映させたものを図面上に指示すべきです。

これがないと加工先毎でまちまちの溶接方法の物ができてしまい、全く違う品質のものが出来上がってしまいます。

では、なぜ溶接情報のない図面で物が作られているのでしょうか。

製缶物は、概して大きいものが多く、加工先が発注者の近郊または決まった加工先で有ることが多いようです。

特に中小企業の場合、図面にあれこれ織り込むより溶接後の形状を示して、作り方を加工先に任せた方がむしろ品質が確かで早く安くできてしまうという側面もあります。

1点物が多いのでお互いに事情を知った仲の方が阿吽の呼吸でやりやすい。(図面だけ渡しても初めての所なら打合せも必要になる。)

作り手側も図面に描かれると、指示以外のやり方で作ろうとした時、指示が足枷になってしまうという事情が発生する。(単なる作り手側の一方的な事情なんですが。)

設計者の怠慢とも言えますが、学校の授業でも溶接については殆ど触れられないため馴染みも薄く、丸投げになりやすい。(言い訳に過ぎないんですが。)

などなど、思い当たる理由がいくつも出てきます。

ものの情報が図面に転写(コピー)されていないということは、決して良いことだとは言えませんが、じゃあ溶接物に関してちゃんと指示を織り込むことが正解だと言い切れない自分がいることも確かです。

お客さんは、図面が欲しい訳では有りません。

要求した機能と性能を満足したものが欲しいはずです。

現状は否定しないで、上記の理由の背景が変わった時は原点に帰って対応するというのが、今の私の結論です。

図面は世界共通の言語

日本のものづくりが今ほどグローバル化されていない時、JISに則った図面表記に日本語が入っていました。

今でもよく見るのが深ザグリの表現です。

深ザグリ

でも最新のJISでは、こうなっています。

深ザグリ

残念ながらこの表記で描かれた図面には、まだお目にかかったことが有りません。

日本語の表記が全て無くなった訳ではないようですが、個人的に大きく変わったのは幾何公差の記入だと思います。

これは、図面がローカルからグローバルに展開されるようになったことが一番大きな理由だと思います。

昔なら、ものを作るのは大体地元であることが多く、日本人の生真面目な?気質も有って細かなことまで指示されていなくても、製作側が読み取ってものを作り上げていました。

でも今では、ものがどこで作られるかわかりません。

日本国内なのか、海外なのか、企業規模が大きくなるほど役割も細分化されて、色々な思惑も働いて、こんなところで作られているのかというケースも珍しく有りません。

そうなると当然、色んなバックグラウンドを持った人たちがものを作ることになります。

それまで阿吽の呼吸で作っていたやりかたは通用しません。

誰が作っても同じ物ができるように図面を描く必要が出てきます。

図面はつくるものの情報を正確に転写(コピー)したものでないといけないからです。

例えば設計者が、イメージする円柱は数学的な円柱です。

真円度
A:数学的円柱 B:下限公差の同心円柱 C:上下限公差内の同心円内の円柱 D:偶然、測定箇所が直径公差内

直径に公差が有っても、その公差の範囲内で単一の直径を持った円柱をイメージすることが多いです。(AおよびB)

Φ20±0.1だったら、Φ20.1の円柱はイメージしても、場所によってΦ20.1だったりΦ19.9だったりする波打った円柱をイメージすることは少ないです。(C)

しかし実際にものを作る場合、真円ということは有りえません。

直径そのものの大きさもばらつくし、1つの円の中で測る場所によっても直径が同じとは限らないのです。

測定方法によっては円柱でないものを円柱だと判断する可能性もあります。(D)

このことに対して規制をするのが真円度(幾何公差)です。

こういった考えの下、形状・姿勢・位置・振れといった種類の幾何公差が定義されています。

ただ、この幾何公差をどこまで織り込むのかは、非常に厄介な問題です。

理想は、必要な情報を全て織り込むことで、そういった図面を一度見たことがありますが、とても煩雑です。

そこまで要る?っていう感じなんです。

特に重要な箇所に限って幾何公差を入れているというのが、現状のようです。

加工先が代わって、それまで不要だった幾何公差が必要になったとか、何か問題が発生して対策として幾何公差による作り込みが必要になったとかという時に追加されていくケースも有ると思います。

余談ですが、敢えて図面に必要な情報を入れないという特殊なケースも有るという話を聞いたことがあります。

図面の流出に対応するためです。

図面にすべての情報を盛り込んでいたら、図面が外部に漏れたら、ノウハウの大部分が図面流出とともに漏れていきます。

例えば寸法公差や幾何公差は、図面に描かれていなければ、仮に現物を測定してもその寸法が公差中心寸法なのか、特別採用された寸法なのか、組合せで作られた寸法なのかわかりません。

だから図面に公差を入れなかったり、注記を書かなかったりするんだそうです。

これはこれで、部品加工・組立・検査間で十分な意思疎通ができていないと、できない術ではありますが。

いずれにしても、図面のグローバル化は避けることは困難で、注記など日本語と英語が併記された図面も中小企業でも普通に見る時代です。

図面のルールは各国固有のものもの使われていますが、私の感覚だと90%以上は共通ルール(ISO)で描かれています。

お互い言葉が通じなくても、図面を見れば作りたいものが伝わっていくというのは、アートの世界と似ている様で興味深いものです。

インド人エンジニアとやり取りする時も、英語で何とか伝えようとするより、ポンチ絵1つの方がずっと早くて正確ってこともよくあります。